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当サイトの使命:たった2年7ヶ月の日野コンテッサ1300の足跡を後世に残す!
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モータースポーツ
(今日版へ)
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当時のレース結果(日本)
第2回日本GP FJクラス
第2回日本GP GT-Iクラス
第2回日本GP T-IIIクラス
全日本自動車クラブ選手権レース大会 CCC '65、シリーズ-I GT-I クラス
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当時のレース結果(米国)
当時のレーストラック(日本)
当時のレーストラック(米国)
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レーストラックでのプログラム(日本)
"65" 船橋サーキット スピード・フェシティバル(1965.8.7-15)
JAF公認 第一回 日刊スポーツジュニアチャンピオン 自動車大会(1966.6.25-26)
全日本自動車クラブ選手権レース大会 '65シリーズ-1(1965.7.17-18)
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レーストラックでのプログラム(米国)
LOS ANGELES TIMES - 14th Annual GRAND PRIX
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短編:ピート・ブロック物語
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当時の日野社報から抜粋
積極的に参加:内外の自動車レースへ
第1回日本グランプリ自動車レース
コンテツサ900 全米各地で大活躍
コンテッサ900 カリフォルニア転戦記
ハッピー・バァレー・ドライビングテストに日野コンテッサ1300優勝
日野プロト 緒戦を飾る
コンテッサ1300クーぺ - 驚異の逆転勝
宿敵ミニ・クーパーを打倒
「サムライ・クーぺ」新春第一戦を飾る
第ー回(67年)全日本スポーツカーレース、コンテッサクーぺ クラス優勝
コンテッサl300 フィリピンルソン島1周耐久ラリーで優勝
日野コンテッサ1300クーペ キプロス・スプリングシールドレースで優勝
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ビデオクリップ
第1回日本グランプリ自動車レース、日野コンテッサ優勝
第2回日本グランプリ自動車レース、 挑戦 - デル・コンテッサ誕生
全日本自動車クラブ選手権レース大会 '65シリーズ-1
(CCC '65 ALL JAPAN CAR CLUB CHAMPIONSHIP RACE MEETING)

1965年7月17日(土)&18日(日)
主催・社団法人 日本自動車連盟(J.A.F)

 この年のJAFグランプリは中止となり、JAF加盟クラブだけに出場資格を与えた年4回のシリーズ戦が行われた。第一回が関東地区初のサーキットとなったオープン間もない船橋で開催された。クラブ選手権と言うもののグランプリ同様にメーカーが主役だった。プログラムを見れば、見開きカラー広告の大枚を叩いたのがトヨタ日野、日産、いすゞ、プリンスだった。
 今日となってはGT-Iクラスでの浮谷東次郎の追い込みが伝説でなっているが、日野もコンテッサ1300でワークス体制で挑んでいた。しかし、結果が示すように熟成以前だった(レース結果はこちら)。
 また、この日のエキビジョンのフォーミュラ・カーには国産初のフォーミュラのデル・コンテッサもDEL MK-IIIとなり、スターティング・グリッドに姿を現した。このMK-IIIは従来のMK-I/IIでの自前の製作を排して、クーパーをベースにした結果、よりプロフェショナルな姿になっていた。
 このプログラムは80頁に及ぶ大作で。印刷&紙質は今日のプログラムと比較出来ないが、その内容の充実さに感服する。レースそのものの基礎的な解説、そして戦前のレースと今日見ても新鮮である。尚、コンテッサ・フリークとしてはいささか悔しいが、トヨタS800の走る姿、特にベレットの感性には、日野の広告戦略がこのレース・トラック向けのプログラムとしては魅力に欠ける。
(SE)

(拡大は絵をクリック、JAF登録クラブ紹介除く)