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当サイトの使命:たった2年7ヶ月の日野コンテッサ1300の足跡を後世に残す!
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クルマ
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ルノー日野(1953年)ノックダウン生産
コンテッサ1300クーペ:デラックスモデルとスタンダードモデル
参考:戦後の日野の乗用車のお手本、フランス・ルノー公団:ルノ−4CV(初期の米国向けカタログ)
モーターショー・スペシャル(東京モーターショー、50周年記念)
日野コンテッサ900 スペシャル(誕生50周年(2011年2月)記念)
生産台数
日本国内都道府県別登録台数
日野小型車グローバル・センサス(調査)プロジェクト
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ビデオクリップ
日野コンテッサ1300コマーシャル映像
トヨタブリスカ1300(現存)
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日野のクルマ:モーターショー・スペシャル
(東京モーターショー、50周年(2005年)記念)


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 今日ではトラック専業メーカーとなった日野自動車であるが、戦後の自動車産業復興の黎明期に乗用車の開発・生産・販売と日本の産業発展に日野は重要な位置を占めていた。今年(2005年)の東京モーターショーは半世紀を記念して、旧車となった当時の乗用車達も会場で脚光を浴びている。あえてここでは日野自動車の当時を紹介する。
第1回:全日本自動車ショウ(1954年、東京・日比谷公園)

日野自動車は大型トラック&バスに加えて、前年、1953年からフランスのルノー公団のRenailt 4CVノックダウン生産の始まったルノー日野も鋭意紹介した。
以下は当時のガイドブックからの抜粋である。まだ写真などグラフィカルなものを使った表現も皆無だった。

第2回:全日本自動車ショウ(1955年、東京・日比谷公園)

ガイドブック(下記)を見ると、今では趣きを感じるモノクロのイラストである。ルノー日野(PA55)の絵の大きさからもその当時の意気込みを受け取れる。
1955年がらルノー日野4CVのフロントにはフランス仕様同様、実用的なフォグランプ&クラクションが配備されていた。今もって、粋を備えた機能美である。

第11回:東京モーターショウ(1964年、東京・晴海国際展示場)

この年は東京オリンピック、景気・経済も登り坂。日野自動車羽ショウ直前の9月に新型車、ミケロティイ・デザインと待望の自社開発GR100型エンジン登載のコンテッサ1300を社運を賭け発表・発売開始
モーターショウではセダン&クーペ、計8台を展示。10年先でも通用するデザインとトリネーゼ・スタイリングを強調。

第31回:東京モーターショウ(1995年、千葉・幕張メッセ)

コンテッサ1300デビューから30年あまりを経て、日野自動車はテーマ館「夢と冒険を乗せて走ったくるまたち」に1967年米国レース向け(当時の対米輸出計画の希望の星であった)に米国で開発された競技車両(コンテッサ130クーペLベース)を展示。
歴史から消えかけた日野の乗用車戦略を記憶の彼方から蘇らせ、会場の華となった。

(SE)

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