始めに・歴史 クルマ 寄稿 トップページ
モータースポーツ 文献 イベント 日本語
プロジェクト Tips よくある質問 English
ご意見から サイト内検索 サイトの索引
知的所有権:各頁の下段
当サイトの使命:たった2年7ヶ月の日野コンテッサ1300の足跡を後世に残す!
*****
Tips(参考情報・助言)
*****
TIPs(参考情報:助言)
*****
自分のクルマは
自分で作れ!
*****
注意!
本Tipsに記述してある内容は、あくまでアマチュアの経験であります。自分の手を汚して自ら自身のコンテッサをメンテナンスするアマチュアだけがご参考下さい。
恐れ入りますが、他人に自身のコンテッサを委ねておられる方、あるいはプロフェショナルの方は、決して参考になりませんのでご注意下さい。
これについてご意見のある方はこちらまで (実名表記にて)
*****

参考情報(TIPs): テクニカル関係

安全面(その1) - セフェティ・ベルト


 コンテッサ1300には、デザイナーのミケロッティの思想を反映した多くの安全面の装備がなされた。当時としては非常に先進的且つ新鮮なプレゼンテーションであった。その一つが3点式セフェティ・ベルトであった。

 3点式のセフェティ・ベルトはオプション設定であったが、スタンダード仕様を除いて全ての車両には工場出荷時、あらかじめアンカー(フロントシート、各シート2点、合計4ヶ)が装備されていた。コンテッサを購入時または購入後、セフェティ・ベルトを購入すれば簡単に装着出来た。

 ただ、当時として、セフェティ・ベルトがメーカーとして提案しても一般には浸透するに至らなかったようだ。日本の国民性なのか、「官」が強制力を発揮しなければ「民」は自らと言うような時代ではなかったようだ。結果的に工場出荷とともにあったアンカーもある時期から消えてしまった。

 因みにベルトカラーは、グレー(灰)、レッド(赤)、グリーン(緑)、ホワイト(白)、ブラック(黒)、ブルー(青)、ブラウン(茶)と7色も用意されていたようだ。誠に粋な計らいの日野自動車だった。


コンテッサ1300デラックス
写真では解りにくいが3点式のシートベルトであった。この装着のしにくい機構に当時は何人のオーナーが利用しただろうか?
PD100-519238以降は、ブラケットは廃止された。理由は使用率が低いため。その後、ブラケット含め、オプション扱いとなった。
日野コンテッサ1300S
セダンに1年遅れて発売となった1300Sにも同様な3点式が設定されていた。
日野コンテッサ1300クーぺ
セダンと全く同じ3点式シートベルトを設定
(註)ごく初期のこのクーぺにはリクライニング機構は無かった。イタリアン・カロッツェリアのワンオフ・モデルのような数度(およそ6度)調整出来る半固定のダイアル式であった。まもなく下の写真のような30度程度傾斜出来る機構となった。
日野コンテッサ1300クーぺ
シャシーナンバー:PD300-102538(年式に関係無し、あるいはPD300-102550:デーラーノート)までのクーぺにはセダン同様の独特の3点式シートベルトだった。この写真からその機構がよく見える。黎明期でもあり、人間工学的には難解なものであった。しかし使えばすぐに装着出来るようになった。
日野コンテッサ1300クーぺ
シャシーナンバー:PD300-102539(年式に関係無し、あるいはPD300-102551:デーラーノート)からのフルリクライニング機構付きは一般的な2点式となった。理由は背もたれ側が後席へのアクセスのためにフリーになったからと推測する。あるいは単純な汎用品でのコスト低減とも推測する。

参考文献

  • 日野コンテッサ1300 ドライバース・ハンドブック 昭和40年10月15日
  • 日野コンテッサ1300S ドライバース・ハンドブック 昭和40年11月1日
  • 日野コンテッサ1300クーぺ ドライバース・ハンドブック 昭和39年12月1日
  • 日野コンテッサ1300クーぺ ドライバース・ハンドブック 昭和40年11月1日
  • 日野コンテッサ1300クーぺ ドライバース・ハンドブック 昭和41年4月20日
  • 昭和40年7月12日付け、デーラー・ノート:No.小-0283 (1/2)
本ページへのコメント&意見はこちら迄 (実名表記にて)

(SE, Original 2010.10.9)
(SE, Added 2010.10.26)
(SE, Added 2012.3.17)
(SE, Added 2012.3.20)